風味絶佳/山田詠美 | デジタル編集者は今日も夜更かし。

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caramel


久しぶりに、山田詠美を読んだ。
彼女の文章は、上質で繊細で、魅力的な描写に溢れている。自然への造詣も深く、そして意外なことに、日本的な世界を描くのが本当にうまい。
読まない人にとったら、もしかしたら20年前のデビュー作『ベッド・タイム・アイズ』や直木賞受賞作の『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』のイメージがいまだに強いかも知れない。もしくは、人気エッセイの『熱血ぽんちゃん』か。
が、ボクは初期の『蝶々の纏足・風葬の教室』 で彼女の文章に惚れ込み、『ぼくは勉強ができない』 で、彼女の描く男のコに憧れた。
そして現在の山田詠美は、堂々、芥川賞の選考委員なのである。


この『風味絶佳』は、デビュー20周年の区切りとして書かれた渾身の恋愛短編集だ。

彼女が小説に登場させる人々は輪郭が明確で、読む者はたやすく彼ら、彼女らの姿をイメージすることができる。
また、たとえば季節をイベントからではなく観察による視覚と肌の感覚で描写するので、深い記憶とシンクロしながら気温や音や湿度を感じることができる。
しかし山田詠美が描く恋愛は、登場人物たち個々のプリミティブな欲望に根ざしているので、シンプルではあるが、一見、万人の同調を得ることが難しそうに思える。
幸せとは何か、愛とは、あるいはその愛が成就するとはどういうことなのか。その判断は、誰がすべきなのか。ある意味で、この小説にはその答えがあり、迷いはない。


最近、林真理子三昧だったので、少し比較をしてみる。
同じように恋愛を描いていても、林真理子の恋愛は、いつも観客を意識している。登場人物たちは、常に、他者と自らを比較し、幸せの基準は相対的である。
恋愛が社会性に満ちていて、ワガママに振る舞っているように見えても、社会的規範や時代の潮流に沿っていることがわかる。
根源的な欲望としての恋愛に違いはないけれど、両者には根本的な相違があるように思えてならない。

だからこそ、林真理子の小説はエンターテインメントとして、ボクにはとても面白い。ココロにも響くし、モチベーションに繋がったり、逆に落ち込んだりと、毎日の生活に対する影響力も絶大だ。

一方、山田詠美の描く恋愛小説は、ボディーブローのようにジワジワと効いてくる。
クリスマスのようなラブ・イベントも、結婚届も離婚届も、恋愛当事者の根源的な欲望には影響しようがないのだと思い知らされる。
クリスマスが近づくとあたふたするボクのように、社会的な生物である我々にとってはじつは理解し難いのだけれど、同時に、羨ましい率直さである。


短編集は、装飾や虚飾を取り払った“男と女”の6編の物語だ。
たとえば、『アトリエ』という話のなかに、「だらしない幸せは、憂鬱を流してしまう作用があると思うのです。」という一文がある。

“だらしのない幸せ”…。何という素敵な表現なんだろう。

そこには、“男と女”以外、誰も邪魔者は介入していない。憧れるけど、そんな境地に辿り着くには、ココロも人生もデコラティブ過ぎる。
彼女からすれば、ボクなんて、まだまだ尻が青いんだろうな。


もちろん、素直に読めば、素敵な素敵な恋愛小説集。
山田詠美自身によるあとがきのエピソードまで、格好いい。
彼女は、本当に人間の輪郭をスケッチするのがうまい。


※タイトルの『風味絶佳(ぜっか)』は、本作収録の、甘いキャラメルがモチーフとなる格好いい短編の表題から。懐かしい“森永ミルクキャラメル”のパッケージに印刷されている「風味絶佳、滋養豊富」による。撮影用に久々に購入して食べてみたけど、やっぱり甘い。隣に並んでいた、“黒糖キャラメル”と“あずきキャラメル”をついでに買ってみた。“あずき”美味しい!



■風味絶佳/山田詠美■